出版便り

『肉弾』桜井忠温と『此一戦』水野広徳の書評

『読売新聞 ”2004年 読書委員が選ぶ「私の3冊」』 2004年12月27日(月)

葛西 敬之 JR東海会長


『郷友』(社団法人日本郷友連盟発行) 平成16年11月号「特集:教科書問題再考」
 日露戦争百周年関連の図書である。その題名や筆者名を見て、年配者の読者には懐かしさを感じる人もいるのではないだろうか。それもそのはずで、この2冊は、当時の青年士官だった筆者が日露戦争に従軍し、日本海海戦(此一戦=大尉)、旅順攻略戦(肉弾=中尉)で見聞したありのままの姿を綴ったもので、発刊当時はベストセラーとなった戦争文学の嚆矢となった名著の復刻版である。
 このような関係で、この本は敗戦で日本軍が消滅するまで、旧軍関係者の間では長く読み伝えられた。それだけに旧軍の方にはすでにこの本を読んでいる人も多いと思われるが、戦後生れの人にとっては日露戦争というものを詳しく教えられていない現在では、その歴史を振り返るための参考にもなるかもしれない。
 明治後期の出版であり、現代人には文体や表現にはなじみにくい点もあるかもしれないが、復刻に当って版元では、原書よりも活字を大きくし、難解の語句にはふりがなを付け、注釈を入れるなどの配慮をしている。

 

『月刊自由民主』(自由民主党発行) 平成16年11月号「特集:食育のすすめ」

「日本海海戦の実相に迫る明治戦記文学の先駆」 平間洋一氏(法学博士・元防衛大学校教授)

 日露戦争開戦百周年を迎え、世界の海戦史上に類のない勝利を収めた、日本海海戦の戦記『此一戦』が復刻された。『此一戦』は、明治四十四(1911)年に博文館より刊行され、大ベストセラーとなった戦争文学の金字塔である。
 日露戦争は明治日本が国家の存亡を賭けた戦いであり、その勝利を決定づけたのが日本海海戦だった。
 のちにアルゼンチンの海軍大臣ガルシア大将は、「トラファルガーの海戦はヨーロッパをナポレオンの支配から救い、日本海海戦はアジアをロシアの支配から救った」と評している。まさに、日露戦勝利がアジアからアラブ、さらに米国の黒人にまで、民族独立や人種平等への夢を与え、有色人種を立ち上がらせたのである。
 本書は日本海海戦に大日本帝国連合艦隊、水雷艇艇長として参加し、戦後は参謀本部編『日露海戦史』の編纂に当たった体験を基に書かれただけに、戦闘場面などに臨場感が溢れ、史実にも忠実である。
 それは戦闘の合間に艦上で交わす兵士たちの会話にあり、バルチック艦隊の大遠征や秋山真之中佐の降伏を受け入れる緊迫した場面、明治の日本が未曾有の国難に如何に挙国一致で立ち向かったかが描かれていることであろう。
 読者は明治日本の息吹を感じ、明治に生きた日本人の活力と自尊心や耀きに引き込まれて行くのではないか。また、本書からは国家と個人との関係、特に営々として受け継がれてきた日本という国家や民族をあらためて考えさせられるのではないかと思う。
 一方、この本と同時に復刻された桜井忠温の『肉弾』は、難攻不落といわれた旅順要塞の攻略をリアルに描いた陸の戦記で、英独仏など十五か国語に翻訳された世界的な名著である。本書を大隈重信経由で贈られたルーズヴェルト大統領は、「我が二児に読ませたが、貴下が描写した賞賛すべき英雄的行為を学ぶのは一朝有事に国家に尽くすべき青年を鼓舞するであろう」との礼状を、当時陸軍中尉にすぎない著者に寄せている。ドイツ皇帝ウイルヘルムも「日本陸軍に学べ」と、ドイツ語訳を全軍に配布した。このように、『肉弾』は単に日本のベストセラーになっただけでなく、世界に大きな影響を与えた本であった。
 両書は最近の文学作品などよりも、はるかに語彙も豊富で文章も美しい。是非とも音読し、日本語の美しさを耳でも味わって頂きたい。

 

世界の艦船(海人社) 2004年11月号「特集:日本vs中国 そのシーパワーを比較する」
 明治末年に刊行されてベストセラーになり、世界各国でも広く話題になった2つの著名な戦記が、日露戦争百周年を記念して、立派な装幀で復刊された。
 日本海海戦の顛末を詳述した「此一戦」と壮絶な旅順包囲戦を活写した「肉弾」については、改めて説明の要もなかろう。今回の復刊にあたっては、原文にルビと注釈を付して、読みやすく理解しやすいように配慮している。未読の読者には、この機会にぜひ熟読をお薦めしたい。

 

水交(財団法人水交会発行) 平成16年9・10月号
 日露戦争を描いた不朽の名著として名の高い両書が、このほど日露海戦百周年を記念して出版された。
 日本海海戦を迫力あふれる雄渾な筆致で著した『此一戦』、酸鼻を極めた陸軍の旅順要塞攻略戦を克明に描いた「肉弾」、いずれも明治末年に刊行されてベストセラーとなり、世界各国で翻訳出版されて話題を呼んだ。
 この両書は共に、近代戦争を描いた戦記文学として、いまや「古典」と言っていいほどの存在である。大きい図書館で探す以外に目にする手段のなかった両書が幸いにもこの度数十年ぶりに復刊されたことで、これを書架に納める機会が得られたのは嬉しい。
 両書とも原文にルビ・注釈を付して、若い読者にも読み易く理解し易いように配慮してある。一読、再読、更に日露戦争の実態を理解してもらうため、是非子弟にも読むことを薦めて頂きたい本である。

 

東郷(東郷神社発行) 平成16年9月号
『此一戦』
 この本は、明治四十四年に出版された小説の復刻版である。著者の水野廣徳は日本海海戦当時海軍大尉であり、日本海海戦の模様が詳細に描かれている。戦記文学の先駆けとして当時大ベストセラーとなった。
 著者は単なる戦場の描写に止まらず、実在の人物の姿を生き生きと描き出している。臨場感に富んだ作品であり、さすがベストセラー作品といった感を強くする。日露戦争100年を記念して、再読されるのも良いと思われる。
『肉弾』
 前掲の「此一戦」が海軍の戦記文学の先駆けであるのに比し、この本は陸軍の戦記文学の先駆けである。著者は歩兵中隊長として旅順攻撃に参戦、重傷を負った。明治三十九年にこの「肉弾」を出版、大ベストセラーとなった。
 この本も、日露両軍の激戦の模様を戦場の兵士の立場で克明に描いている。日本国内のみならず、広く外国にも紹介され、英、米、独、仏など十五カ国で出版されている。
 日露戦争100周年記念出版として前掲書と好一対を成すものである。

朝雲(朝雲新聞社発行) 2004年6月24日(木)
 日露戦争100年を迎え、話には聞くものの実物にはお目に掛かったことのなかった近代戦記文学の傑作、「肉弾」「此一戦」の2著が復刻、刊行された。
 「肉弾」は、旅順攻防戦で奮戦、重傷を負った桜井忠温陸軍中尉(のち少将)の従軍記で明治39年に刊行されるや大ベストセラーとなり、世界15カ国語に翻訳、米国大統領ルーズベルトは本書を自分の息子たちに読みきかせ、感動的なメッセージを著者に送ったほか、ドイツ皇帝はドイツ全軍の将兵に本書の必読を指示したといわれる。
 「此一戦」は水雷艇長として日本海海戦を戦った水野広徳海軍大尉の従軍記で、これまた明治44年に刊行されると大反響を呼んだベストセラー。東郷司令官率いる連合艦隊の、いわゆる丁字戦法や敵前大回頭が臨場感あふれる筆致で記述されている。
 日本のみならず世界にとっても歴史の転換点となった日露戦争だが、両書はこの戦争の実相を陸戦と海戦から鮮やかに伝えると同時に、当時の日本人の精神性を描き出して余すところがない。まさに必読の文献であろう。文語調だが丁寧にルビが振ってあって読みやすい。

 

毎日新聞 2004年6月20日(日) 朝刊
日露戦争巡る2冊復刊
 日露戦争を描いた戦記文学のベストセラー2冊が復刊された。
 復刊されたのは、1906年刊行で、日露両軍の旅順要塞攻防戦を伝えた『肉弾』(櫻井忠温・2,310円)と、11年刊行で、日本海海戦の様子を伝えた『此一戦』(水野廣徳・2,625円)。いずれも実際に参戦した軍人が書いた。
 発刊当時はベストセラーとなっていたが、現在は入手困難となっている。今年が日露開戦100年にあたることから、難解な語句にルビを振り、注釈も加えるなど、現代人に読みやすいように編集したという。

 

 

 

 

 

2011-05-28 | Posted in 出版便りComments Closed